個人的体験談

信じて待つしかなかった時代

hanao

スマホがなかったあの頃

相手のことを考える時間              

「 あれ?もしかして私、忘れられてる?」

と急に不安になったのは、つい先日

東京・西多摩郡の山奥で、モノレールを待っていた時のことだった。

予約したはずのモノレールが時間になっても全く来る気配がない。

えっ?もしかして私、時間、間違えちゃった?

と思いスマホを見返してみるも、電話予約だったため何も残っておらず

さらには、その時点でかなり山奥まで歩いて来てしまっていたため

電波すら届かないという状況になってしまっていた。

( 小林家住宅に行った時のこと )

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ふりつもっていく不安

・・・これは、もしかして結構やばいのでは?

と思いつつも、とりあえず待つしかないので

「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら、その駅を見てさらに驚愕・・・

・・・。

こ、これは・・・

使ってる気配みたいなものがなさそうすぎやしないか?

しかもなんていうかその・・・静かすぎる。

シーン・・・

・・・

・・・・

チョロチョロチョロチョロ〜♩(川のせせらぎ)

・・・・・

・・・・・・

( ´ ;ω;` )ぶわっ

心臓が一気に、嫌なリズムでビートを刻み始めた瞬間だった。

とりあえず待つしかなかった時代

そんな中、ふと思い出したのは

「そういえば、昔はこうだったよなぁ」

という、懐かしすぎる感覚。

そう、それは私がまだ小学生だった頃のこと(平成初期)

当時はスマホなんてなかったものだから

基本的に待ち合わせというのは、全て口約束だった。

「明日、〇〇時にどこどこね」

と誰かと待ち合わせたのなら、とりあえずは何があっても時間通りにそこに行った。

当たり前に相手を信じていた

そして万が一、相手が時間通りに来なかったとしても

「きっと来るはずだ」

と、どこかで今よりももっと当たり前に信じていたように思う。

というのも連絡がとれない中で相手を待たせるというのは

どれだけ相手を不安にさせるかということを体でわかっていたし

それは向こうも同じだろうと当たり前に思っていた。

「とりあえずドトールで待ってるわ」

ができなかった分、とりあえず改札前で1時間、が当たり前の時代。

だからこそ道に迷ったり何かしらのトラブルでスムーズに会うことができなかった時は

「ほんっとごめん!」と「よかった〜会えて」が一気に押し寄せ

それからの時間がもっともっと濃いものになったように思う。

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不便って、実はドラマチックだったのでは

そんなことを考えていると

不便って実はいろんな意味でドラマチックだったのでは・・・とも思えて来たりもする。

相手のことを考える時間というか。

あの子だったらこんな人混みの真ん中では待たないよなぁ・・・とか。

絶対、音楽コーナーでCD見てるでしょ、とか。

そうゆう相手のことを想像し・・・

ギー…..

ゴウンゴウンゴウンゴウン….

ギィィー……

ゴウンゴウンゴウンゴウン….

だぁ、、、きったぁぁぁあああ!

しかも人乗ってる、嬉しい!(久しぶりに見る人)

たった5分の遅れが50分にも感じた瞬間でした。

ガラケー時代の話

無事モノレールに乗って、山頂・古民家を楽しんだ帰り道。

バスに乗って揺られているとふと思い出したことがある。

バスからみた景色

それは数年前、リサイクルショップで働いていた時のこと。

ある日、同い年の店長と店番をしていると

大量のガラケーを引き取ってくれないかと持ち込んだ人がいた。

「うわぁ〜〜懐かしい!」

「見てこれ回転するやつだ〜!」

パキっ・・パキっパキっ・・・ほらみて店長っ!

と、私がくるくる回転させてはお披露目する一方

「うわこれ、俺が高校生の時使ってたやつ!」

と全くこっちを見てくれない店長。

店長はしばらくそのまま携帯をいじっていたかと思うと

「そういえば昔、センター問い合わせってあったよね?」

とものすごく嬉しそうにこちらを見たのだった。

「センター問い合わせ」という懐かしすぎる響き

あぁ、あったー!ありました、めちゃくちゃ懐かしい。

あの電波障害でメールが詰まった時に問い合わせると

詰まっていたメールが一気に届くやつですよね?

そーそーそー、俺あれ毎日使ってたよ。

私もです。

好きな人とのメールとか、まだ届いてる訳ないほど短いスパンで

しつこくしつこく問い合わせてました。

え、はなおさんそんなことしてたの?意外〜

してましたよそりゃ昔は、店長もしてたんですよね?

いや俺は違うのよ、俺が住んでたのは福島の山奥だったからさ

そもそも家に電波なんて届かなかったんだよ。

店長のセンター問い合わせ事情

そう、俺の実家は福島の山奥にあってさ。

車で行かないと辿り着けないようなところだったから

そもそも当時、家に電波なんて飛んでなかったんだよ。

だから好きな子ができた時は、それが夏だろうが冬だろうが

家から100mくらい行った先にある電柱の麓まで行ってよくセンター問い合わせしてたんだよ。

ほんと信じられないくらい大雪がふりしきる中でもさ

家族みんなで囲う食卓からなんとか抜け出して

「ちょっと、俺、外の空気吸ってくるわ〜」

とかいう訳わかんない理由つけてはコソコソ家出て・・・

・・・寒かったなぁ、ほんと。

でも、今思い出しても本当に嬉しかたんだよなぁ、メールが届いてると。

雪の中で待つ時間

しかもさ、帰ったらまた返信できなくなっちゃうから

その場で一生懸命、文章考えて返すしかないんだよね。

雪の中で、10分くらい悩みに悩んでなんとか送信・・・

もうその時点で、かなり指先はカチカチに固まって真っ赤なんだけど

そのままスっとは帰れなくて・・・

だって、もしもその子が今、俺のメールに気づいたとしたら

すぐ返ってくるかもしれないでしょ?

そしたらまた返信できるかもって思うと

20分くらい電柱の周りでウロウロしたりしちゃうんだよね、あはは。

待つってなんか良い・・・

雪の中、ガラケー片手にウロウロしていた当時の店長を思うと

なんだかすごく良いなぁ、と思ったのを覚えている。

待つって良いなぁ。

不便って良いなぁと。

何かがなかった時代、あらゆることを想像したり

自分の体でもって何とかするしかなかった頃というのは

不便であり、すれ違いを産み、面倒臭さを産み

それによってあらゆるドラマを産んでくれたように思う。

そうゆうものを人はきっと

いつの時代も実はどこかで求めてたりするんじゃないかなぁと思ったりしている。

書いている人
はなお
はなお
非日常ハンター
こんにちは、非日常ハンターの、はなおと言います。

普段は、古本屋で働いています。

いつもとは、ちょっと違った感覚になれるような「非日常」が大好きで、実体験をもとにこのブログを書いています。

同じような感覚の方と繋がれたら嬉しいです。

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