個人的体験談

なんにもないカフェの話

hanao

なにも思い出せないカフェ

なにもないのは一つの特徴かもしれないという話

日雇いのキッチンのバイトをした時のことだった。

それは渋谷にあるオシャレなイタリアンで

うす暗い照明と、ゆったりしたジャズが流れるとても心地の良いお店だった。

キッチンのリーダーなのか店長なのかはわからないけれど

とても物腰の柔らかい40代くらいの男性が

料理の合間にちょいちょいとチーズなりお肉なりをヒョイっと小皿に載せては

「よかったら」と銀ラックの間から差し出してくれた。

んま!!

そのあまりの美味しさに、思わず衝撃の雄叫びをあげる私に

「アハッハハ〜」と向こう側から笑い声が返ってくる。

「でしょ〜、うまいのよ〜、うちの肉〜」

その空気感がなんだかとても心地よく

こんなに素敵なお店なのに人は足りてないんだな・・・

と静かに思いながらミニトマトのヘタをとっていると

「あ、そうだ、これ食べたことある?」

と銀ラックの隙間から何か赤くてゴツゴツしたものを見せてきた。

「なんですか・・・?それ」

「ドラゴンフルーツ」

ドラゴンフルーツの味が思い出せない

買ってみた(肉のハナマサ)

あー!・・・あり、ます。たぶん。

「あ、そう?苦手?」

いやたしか、美味しかったような気がします。

でも、味が思い出せなくて・・・

「そうなんだよね〜」

・・・?

「ドラゴンフルーツってさ、なんか思い出せないのよ」

そうなんですか?

「でもさぁ。思い出せないと、何かもう一度食べてみたくならない?」

・・・たしかに

「でしょ?」

そういうと男性は、堅そうなその赤い実にスッと包丁をいれた。

リンクする記憶|図書館司書の夏

8月の空

図書館司書をしていた頃のことだった。

ある年、ちょうど今ぐらいの真夏のまっただなか(8月ど真ん中)に

エアコンが壊れるという大事件が起きた。

しかもそれは一箇所だけではなく、大元がダメになったとのことで

館内全体が信じられないほどの暑さで蒸しかえっていた。

すぐに業者に依頼はしたものの、繁忙期ということもありなかなか日程が決まらず

なんだかんだ我々は、3週間近くとんでもない暑さの中で働くことになった。

( なぜか、休館の指令が出なかった )

その時期は、ゆいいつ休憩中に外に出られるひと時だけが救いであり

普段は弁当を持ってくる人も、この時ばかりは外食をしていた。

なにか近くに、おすすめのお店はありますか?

休憩から先に帰ってきた先輩スタッフにそう聞いてみると

「あ〜、けっこう歩きますけど」

「出て、ずっと大通り沿いに真っ直ぐ左に行くと、ランチやってるカフェがありますよ」

へ〜、美味しいんですか?

「・・・うん、まぁ、おいしい、です」

じゃあ行ってみます^^

そういうと当時、自転車通勤だった私はパッとチャリにまたがると

言われた通りに大通り沿いを真っ直ぐ左へと進んだのだった。

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大通り沿いにガラス張りのカフェ

ここか・・・

ガラス張りのそのカフェは、外から見てもそこそこ混んでおり

20代〜60代くらいと思われる様々な年代の方が

落ち着いてそれぞれの時間を過ごしていた。

「すみません・・・」と入ってみるも何の声掛けもなかったので

黙って空いている席を、自分で見つけて座った。

しばらくたって運ばれてきたメニューには3種類くらいのランチセットが書かれており

私は大好きなたらこスパゲティを頼むと、何もせずにボーっとしていた。

カウンターの中では、30代半ばくらいに見える男女2人が

それぞれの作業を淡々とこなしている。

夫婦のように見える気もするし、そうでない気もする。

どちらもあまり表情がなく、楽しそうでもなかった。

日常の延長線上でそこにいるといった感じだけれど、家族ほど親密な感じでもない。

でも、けして嫌な感じはしなかった。

たらこスパゲティが運ばれてくる

パスタ調理後の影

無表情な女性が、出来上がったたらこスパゲティを持ってくる。

食前に頼んだ飲み物がまだ届いていなかったが、あまり気にはならなかった。

しばらくするとその女性は、アイスカフェラテを持って

「遅くなりました」とだけ言って、何事もなかったかのように机の上に置いた。

私は黙ってたらこスパゲティをすすり、ガラス張りの店内から

ゆっくり流れる大小様々な車をぼーっと眺めると、お会計を済まし図書館へと戻った。

なんで薦めたのかわからない

図書館に戻り、午後の仕事をこなしていると事務室に先ほどの先輩が入ってきた。

「あ、そういえばさっき教えてくれたお店行きましたよ。」

「あ〜・・・どうでしたか?」

「あれ?美味しかった・・・ような気がします」

「えっ」

「あれ?どんな味だったっけ、ごめんなさい何か急に思い出せなくて・・・」

「ですよね?思い出せないですよね?」

「えっ?」

「私もはなおさんに勧めてから、何で薦めたんだろうって自分でもわからなくて。」

なにも特徴のないカフェ

2人は目を合わせると、お互いに見てきたものを話しあった。

ほとんど体感としては同じようなものだった。

決して接客態度のいい店ではないけれど、悪い気はしないこと。

そこで出されるランチは美味しかったような気もするけれど、そうでもなかったような気もする。

今こうやって、別の場所で思い出そうとしても、なぜだかその味が全く思い出せない。

彼女はキーマカレーを頼んだが、そこには〇〇っぽいと言ったものも一切なかった。

(例えばスパイス香るエスニックな感じとか、優しくて控えめなまろやかな感じとか)

そしてお互い、なぜだか記憶には残ってはいるがどうしてなのかがわからない

あの2人の男女スタッフの空気感までもが話題に上がる。

「これさぁ、もしかしたら思いだせないっていう一種の戦略だったりしません?」

「え?」

「だってこんなの、絶対もう一回行っちゃうじゃないですか。」

「確かに・・・」

そんなふうに話した頃には、もう二人とも完全にその店の虜になっており

そこから当たり前のように、毎週通うようになる。

「今日こそ、行ってきます。」

と、何かをあばく探偵かのような背中で図書館を出たかと思ったら

「もう、お店を出て自転車にまたがった頃には・・・自分は、自分は何も思い出せませんでした!」

と敗北の涙をぬぐった。

お店はいつもそこそこ混んでおり、入れたり入れなかったりした。

初めて食べたかのような味

天然のごま塩おにぎり

「はい、どうぞ」

そう差し出されたそのフルーツは、口に含むと不思議な味がした。

「あ〜私、けっこう好きかもです」

「ね、美味しいよね、食べると美味しいのよ」

溜まった洗い物をこなしながら、ちょこちょこフォークで頂くその味は

美味しいけれど「あーこれこれ」と舌が思い出すような気配はなかった。

それは全くもって初めての味だった。

コック服を脱ぎ、ありがとうございましたと店を出た頃には

やはりその味はもう思い出せない。

帰りの電車で久しぶりにあのカフェについて検索しようとしたら

そうだった、そもそも店の名前なんて最初から知らないじゃないかということに

その時初めて気づいたのだった。

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書いている人
はなお
はなお
非日常ハンター
こんにちは、非日常ハンターの、はなおと言います。

普段は、古本屋で働いています。

いつもとは、ちょっと違った感覚になれるような「非日常」が大好きで、実体験をもとにこのブログを書いています。

同じような感覚の方と繋がれたら嬉しいです。

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