個人的体験談

接客しません、すいませんの話

hanao

接客されない方が心地いい人間もいる

接客されない方が、心地がいいと感じたことはありますか?

先日、昼下がりの下北沢を歩いていると

とんでもなく、いさぎのいい張り紙をしているお店を見つけた。

“ 接客しません。すいません。 ”

そのお店は、店の一番目立つところに、そう貼り付けていた。

こっちからは何もする気はないけど

よかったら見てってね、失敬っ!

そんな雰囲気が、見受けられた。

なんてシンプルなスタンスなんだ・・・

久しぶりに見る、そのまろやかなドライさに

なんだかジワジワ好感が湧いてくる。

「見てくださいよ、この前こんな張り紙見つけて。」

そう、古本屋で働く社員さんに見せると

「あぁ、良いですね。」

「好きだなぁ・・・僕、こうゆうお店。」

そう言って彼は含み笑いを浮かべた。

なんていうか、接客もそうなんですけど

僕、店の人と仲良くなるのもちょっと苦手でなんですよね。

これくらいの方が、リラックスして長く通えるというか。

せっかく良いと思ったのに通いづらくなる問題

苦手って言ったらそうでもないんですけど

こう、なんかバーとかでお酒なんか飲んでると

なぜだか自分のこと話しすぎちゃうことってあるじゃないですか。

そん時はいいんですよ、楽しんです。

本当に、心の底から。

自分のことを快く受け入れてくれたような気がして。

でも、なんでだろうな。

家に帰って、寝て、次の日になると、もうあそこには行けないなってなるんです。

わかります・・・?この感覚。

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わかるような気がする、半分

あー。

私は、そもそもバーとかに行くような人間ではないし

お酒とか飲んで知らない人とワイワイおしゃべりとか

そもそもあんまりしないから

わかるって言ったらアレなんですけど

でもその・・・わかるような気がします。。

なんと言うか、その時だからこそできたテンションに戻れないってことですか?

向こうの知ってる自分のイメージのままその続きができないって言うか。。

「うーん・・・面倒くさいんですよ。」

「なんていうか、面倒くさくなっちゃうんですよね〜、ははははっ」

何かを知られるって時に面倒臭い

困ったもんですよね〜と笑う彼のその感覚に

なんだか少し親近感がわく。

私もよくいくカフェで店員さんに話しかけられてから

なんとなく通いづらくなってしまったことが何度かある。

そして同時に忘かけていた

いにしえの記憶の扉がゆっくりと開いた。

あれはまだ、私が大学生の頃のことだった。

たまたま空いた授業と授業の大きな合間に

近くの商店街にあった、当時70歳くらいのお爺さんが

一人でやっていた古びた喫茶店に行ってみたことがある。

“ アンティーク ”と言ったら、聞こえはいいが

ただただ放置され続けてきたのであろうその店は

入り口の扉の建て付けからおかしく

( えっ、これ大丈夫? )

と不安になるくらい力を入れないと開くことができなかった。

ギーッガ、ガリガリガリガリっ….

工事現場かな?

と思われるほどワイルドな音を立てて扉がひらく。

知らない店の 床か天井を削りながら入店したのは初めてだった。

店にはいると、マスターと思われるお爺さんと目があう。

チラッとこちらを一瞥すると

無言でコップに水を注ぎだした。

あ、あまり客をモテなそうとする気のないタイプのお店なんだな。

と感じた私は、それならそれでとホットカフェラテを頼むと

手持ちの小説にゆっくりと目を落としたのだった。

学生さんですか?

それは、小説を読み始めて5分もしないうちに突如として放たれた。

「えっ・・・あ、はい。」

「ふーん。」

「・・・その、すぐそこの、東京家政大学っていう女子大に。」

「あぁ、あそこね、どう、楽しい?」

「あ・・・はい、そうですね。」

「どんなところが楽しいのよ。」

意外にめっちゃ聞いてくるやんけ!

と思った私は、思わずニヤッとしてしまう。

すると「え?なーに笑ってんのよ、何がおかしいの。」と言ってお爺さんも笑う。

なんだろう、それは独特な温かさだった。

もてなそうとして放たれなかったそれらの会話は

接客ではなく、雑談だったのだと思う。

それがなんだかとても自然で心地よかった私は

けっきょく、気づいたら次の授業に遅刻するまで

その店に長居してしまうことになる。

しばらくするとまた行きたくなる

なんだか久しぶりに気を抜いて

誰かとゆっくりお話しできたその店に

私は、一週間後、ふたたび行きたくなってしまう。

珍しいことだった。

けっこうな勇気を出して例の扉をふたたび開けると

「こんにちは・・・」

と消え入るような声でお爺さんに一応挨拶をしてみる。

すると彼はチラッとこちらを見たかと思うと

1回目に来た時と全く同じテンションで

無言で水を注ぎ出したのだった。

えっ・・・もしかして忘れてる?

それは違和感ともいえる距離感だった。

もしも前回100中50まで仲良くなれたのだとしたら

それは間違いなく0の顔であり

0の顔で水を注ぎ、0の顔でテーブルに置いた。

そして0の顔でカウンター奥へと消えたかと思うと

0の背中でテレビを見出したのだった。

ループする関係性

なんだこれは、こちらの勘違いだったのかと思うと

急に恥ずかしくなり、いたたまれなくなった私は

できるだけ他のことに集中しようと再び手持ちの小説を開くと

全神経をその物語に注ぐことになる(恋か!)

するとそこから30分くらい経った頃でしょうか。

「今日はもう、学校は終わりなんですか?」

という5くらいの声が、カウンターの奥から投げかけられる。

「えっ・・・あ、はい。」

「そう。ちゃんと集中できたの?」

「あ・・・まぁそうですね。」

思わずニヤッとする私。

見るとお爺さんもニヤッとしている。

なんだこの店は・・・

なんてことをしてくれるんだ・・・

完全にその絶妙なバランスの接客にハマってしまった私は

それからなんだかんだ定期的にその店に通うようになる。

その存在は、大学の誰にも言わなかった。

自分だけの場所にしておきたかった。

そういえば昔、こんな店があったんですよ

そう、本の出品準備をしながら社員さんに話しかけると

「なんですかそのジジィ・・・やってますね。」

といった。

「え、やってるって、そうゆう戦略で人をとり込んでるってことですか?」

「あたり前じゃないですか・・・」

あたりまえですよ・・・でも・・・

行ってみたいが勝っちゃうかなぁ、悔しいけど。

どこですかそれ。

と言うと、彼はふんっと眉間に皺を寄せて笑った。

一定数の人が惹かれる、ドライな接客の店

やってる、かどうかは別として

きっとろくに挨拶もしないようなドライな接客の方が

心地いい人間は、少なくとも一定数はいるように思う。

沈黙のコミュニケーション。

“ 何もしない ” は、実は一つのもてなしなのかもしれない。

もし私が、喫茶店を開くとしたら

「 ループ 〜 親密度0喫茶 」という店にしようか。

何度通っても0から関係を築く店

そうゆうお店があっても、いいと個人的には思っている。

書いている人
はなお
はなお
非日常ハンター
こんにちは、非日常ハンターの、はなおと言います。

普段は、古本屋で働いています。

いつもとは、ちょっと違った感覚になれるような「非日常」が大好きで、実体験をもとにこのブログを書いています。

同じような感覚の方と繋がれたら嬉しいです。

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