押見修造さんの「罪悪」という短編漫画が、面白すぎたので個人的感想を書いていく

hanao

押見修造さんの「罪悪」が面白い

自分のダサさを、見るということ

「それ、面白いっすよ」

「あ、それ俺も読みました。面白かったです」

なんとなく手に取ったその本は

開いて2〜3ページでもうすでに面白いのがわかった。

古本屋を開きたい、という男の子の開店準備を手伝っていた時のことだった。

手伝いそっちのけで読み込んでしまう

30分くらい経って

「・・・めちゃくちゃ面白かったんだけど・・・」

と、ようやく私が顔をあげると

「いや、面白いですよね、めちゃくちゃダサくて」

「そう、ダサい、すごくダサくてすごく良い・・・」

といった話でひと盛り上がり。

そのまま近くの鳥貴族で開店祝いという名の「 罪悪を語る会 」が開かれたのだった。

4つの話

ある日の駐車場

本編は、おおきくわけて4つの話に分かれている。

⚫︎ひろみの話

⚫︎足の話

⚫︎美術部の話

⚫︎壁の向こう側

どれも、普通の人なら意識することもなく

通り過ぎてしまうようなものばかりだけれど

繊細な人は何かが心につっかえたまま大人になってしまう。

その「つっかえる」ということの大切さが描かれているように思う。

・・・と、いうことで今回は、できるだけネタバレなしで(ふんわりとは、してしまいます)

その魅力と、読んでみて感じた個人的な感想について語らせてくださいませ^^

ひろみの話

たとえば学校なり職場なり、どこかの集団の中で

“ 明らかに浮いてしまっている人 ”

というのに出会ったことはないだろうか。

例えば、落ち着きがなかったり

何しでかすかわからなかったり

人との距離感がおかしかったり・・・

実際、そうゆう人がいると集団というのは

いじったり下に見たりすることで

変な安心感が生まれることがある。

でも、大抵の人は “ 自分はあそこまではしない ”と静かに思いながら

彼ら彼女らと「仲良しだとは思われすぎない範囲」で優しくせっすることが多い。

どっちでもいられる位置

その絶妙な距離や残酷さを

ものすごくリアルに描いているのが「ひろみの話」だと思う。

ただ、この作品の個人的にすごく良いなと思ったところは

主人公の押見少年が、ずっと彼におびえている所。

怯えているというのは、ちゃんと相手にも心があって

どこかでは思うことがあるはずだと思ってる人の反応

かな・・・と思うのでそこがとても好きでした。

足の話

誰かや何かを傷つけてしまったこと・・・

というのは、誰にでもあると思う。

ここではそれを「足」というものに象徴的にスポットを当てて描かれているが

私の場合、それは「耳」だと思った。

大事な部分で、聞こえないふりをしてしまったことがある。

それによって人を傷つけてしまった。

そんな私の耳には、左に3個、右に2個

実は、ピアスの穴が空いている。

開けてから1年ほど経った頃だっただろうか・・・

どの穴にいれても、すぐに真っ赤に腫れ上がり

かゆくて膿がとまらなくなってしまうようになった。

数年あけて、もう一度入れてみたけど、やっぱりダメだった。

次第に私は、耳だけでなくアクセサリー全般を身につけるのをやめた。

そうゆうことじゃないような気がした。

いくら着飾ったところで、私の耳は私の耳のままなのだ。

「足の話」は、そういう話なのではないかと思った。

美術部の話

工藤耀日美術館にて

褒められたい、この人すごいと思われたい。

人とは違った才能を持っていると思われたい。

そういった表現者としての血がどこかに流れている人なら

誰もが通ってしまうこのダサすぎる感覚を

ものすごくリアルな実体験をもとに描かれたのが、この「美術部の話」だと思う。

ダサい。とにかくダサい。

でも、あんなにダサいことを

ここまで生々しく格好つけずに描ける人というのはやっぱり中々いないから

どこまでも面白いし、格好いいよねぇ・・・

という話で、われわれ鳥貴族の会は盛大に盛り上がったのでした。

(キャベツが進む進む)

そして、これまたすごく個人的に好きだったのが・・・

自分がずっと意識して褒められたいと思っていた人じゃない人に褒められると

思わず拍子抜けしてしまうという所

人は、たぶんそれが誰であっても

自分のことを心から褒めてくれた人のことは忘れられないのだと思いました。

壁の向こう側

二子玉川の土手

この話だけ異様に短く、内容もかなり独特だったのだけれど

読んでいて一つだけ思い出したことがある。

ゆうりちゃんの話

あれは小学校3年生の頃だった。

当時、学校には「ランチルーム」なるものができ

月に1度だけ、教室ではなくランチルームで仲の良い友達を集めて

席をかこんで一緒に給食を食べていいよ、という日が設けられていた。

キンコンカンコーン!

と昼休みを知らせるチャイムが鳴るなり

皆んながいっせいに校庭にかけ出していく中で

私もそれに続いて出て行こうとしたら

ランチルームを出てすぐのところで、ゆうりちゃんという女の子が

ボーッと窓の外を、眺めて突っ立っているのが見えた。

シネマネコにて

「ゆうり、いくよっ!」

と私が後ろから声をかけると

「あそこに兵隊さんがいる」

と彼女は言った。

「えっなに?どこー?」

と私が彼女の隣に首をよせると

「ほら、あそこだよ、あの上から3・・・」

あ!いなくなった!

そう言ったかと思ったら彼女は何事もなかったかのように

タッタッタっと校庭にかけていき、私もその後に続いた。

(そこまで変なことだとは思わなかった)

20歳のある日

テピートにて

そんなことがあったこともすっかり忘れ、結構な年月が流れた20歳くらいの頃。

ゆうりちゃんが仕事で福岡の方に行くことになり

突如として「ゆうりお別れ会」が開かれることになった。

三茶の居酒屋に10人くらいの女子達が集まり、あれやこれやと昔話が飛び出す中

突然、なぜだか私はそのことを思い出してしまう。

「ゆうり!そういえばさ、小学校3年生くらいの時、ランチルームの・・・」

「・・・兵隊さんでしょ?!」

「え!覚えてる?」

「うん、覚えてる・・・なんか今思い出した。」

本当に見えたの?と聞くと

うん、いた、今思い返してみても絶対にいたよ。

窓の向こうで校庭の方を見てたの、すごく覚えてる。

と彼女は言った。

ナプキンに絵まで書いてくれた。

本当だと思った。

私は兵隊さんは見ていないけれど

兵隊さんを見ている時の彼女の横顔だけはなぜだかよく覚えている。

ちょっと痛くても本当が見たい方

夜の遊歩道にて

明るく前向きな話もいいけれど

時にはちょっと痛くても本当を見れる方が好き。

と言う方にはおすすめの一冊。

押見修造さんの「罪悪」

本当に、心の底から面白い一冊でございました^^

最高の読書体験をありがとうです( *´ ω`*)

書いている人
はなお
はなお
非日常ハンター
こんにちは、非日常ハンターの、はなおと言います。

普段は、古本屋で働いています。

いつもとは、ちょっと違った感覚になれるような「非日常」が大好きで、実体験をもとにこのブログを書いています。

同じような感覚の方と繋がれたら嬉しいです。

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