体の記憶
覚えてないのに覚えていること
八月の鯨(くじら)って知ってますか?
と聞かれたのは十月の渋谷だった。
何ですかそれと聞き返すと、どうやらそれはセンター街に昔からあるBARで
カクテルの名前が全て映画のタイトルになっているのだと言う。
私は都会生まれ都会育ちのくせにバーとか飲食店というものをほとんど知らないため
こうやって誰かに教えてもらった流れくらいでしか行く機会がない。
週末だしもしかしたら入れないかもですね〜と話しながらも
行ってみると何だかんだ待ち時間もなく入れてしまった。
混雑しているのに落ち着く
店内はぼんやりと顔が見えるくらいの落ち着いた照明で
通された席の両サイドにはすでに2、30代の男女が何やら楽しそうに話をしていた。
渡されたメニューは聞いていた通り映画のタイトルがずらりと並んでおり
何がどんな味なのかさっぱりわからない。
僕はニューシネマパラダイスにします。
と先に言われてしまったので、とりあえずわけもわからず
じゃ、私はサイコで(なぜ?)
と言うとけっこうな度数のピリっとした紫色のカクテルが出てきた。
映画の話

ニューシネマパラダイスって確か映画館の話ですよね?と私がいうと
そうです、あのかつて自分が育った街に大人になって帰ってくる話ですね。
と、最近読書会で知り合った本好き仲間の男の子は言った。
たしか夢を追うために故郷を離れて成功して帰ってくるんですけど
それと同時にかつて好きだった女の子とも離れ離れになってしまって・・・
手に入れたものと失ったものを同時に感じるようなノスタルジーな映画だったと思います。
あぁ、なんとなく覚えてる気がします・・・うん
なんていうかそういう自分にとって懐かしくなってしまった街ってあったりしますか?
懐かしい街
懐かしい街・・・ですか。
・・・そういえばいつだったかなニューヨークのセントラルパークに行った時に
何故だかものすごく懐かしくてたまらなくなってしまったことがあって
「どうしよう、何かすごく懐かしい・・」
って姉にたくさん写真を送ったことがあったんです。
そしたら、あぁだって子供の頃いっとき住んでた時期あるよって。
・・・すごいですよね、覚えてないのに覚えてるっていうか。
記憶にはないんですよ、でも懐かしくてたまらないんです。
スポンサーリンク体は覚えている
ニュ、ニューヨーク・・・
これは生きてきた次元が違いすぎる、、、とは思いつつ
( こちとら笹塚のボロアパートで家賃10ヶ月も滞納するような幼少期だった。)
聞いていてふと思い出したことがある。
それはたしか実家を出て4〜5年経った20代半ばくらいのことだった。
久しぶりに母のやっている喫茶店に夜ご飯を食べに行くと
昔からずっと店の壁に貼ってあったポスターが目に入った。
そういえばこれずっと貼ってあるね、と私がいうと
あぁ、バクダットカフェって映画だよと母は言った。
ふーん、面白いの?
うんまぁ・・面白いよ、私は好きだけど。
そうなんだ。
聞くと、父と初めて一緒に見た映画なのだという。
父と母の出会い

父はもともと母の店のお客さんだった。
( 母は、私が生まれる前からずっと一人で小さな喫茶店をやっている )
客として何度か店に通ううちに、ある日レシートの裏に連絡先を書いて渡し
気づくとそのまま店の外でも会うようになっていた。
ある日、母が閉店の時間になりシャッターを下ろしていると
父がレンタルビデオ店で借りてきたDVDを持って立っており
「これ、面白いから一緒に見よう」
と言って初めて一緒に見たのがバクダットカフェだったのだという。
当時、父は30過ぎの役者志望のフリーターで
母の友達はみな口を揃えて辞めておいた方が良いと言った。
思っていたより面白かった映画
真っ暗な木造ボロアパートで見るその映画は思っていたより面白かったらしく
内容はよく覚えていないけれど
「最後まで馴染めなかった彫り師の女の人が良かった」
と母は言っていた。
父のことは実際どう思っていたのかよくわからないけれど何やかんやあって結婚し
式は母の店でお互い数人だけ友人を招いて小さなパーティを開いた。
そしてちょうどその頃なんとなく体に違和感を感じ
調べてみたところ私を授かっていることがわかったのだという。
ふーん・・・
そうだったんだ・・・
一応、私も見てみようかなというと
確か実家のテレビの下にあったと思うよと言われ
そのままその足で実家へ向かうことに。
テレビ台の引き出しの奥に手を突っ込んで一つ一つ出してみると
わりとすぐにその見慣れたジャケットは顔を出した。
家に帰ってコンビニの焼き鳥片手に寝転がって再生ボタンを押すと
始まって30秒。
何もない荒野のど真ん中で40代くらいの男女が喧嘩をしはじめ
乗っていた車のカーステレオから陽気な音楽が流れはじめた。
その瞬間、体中に鳥肌がたった。
どうしよう・・・
知ってる・・・
知ってる、知ってるよこれ。
それはまだ、私が物心つく前の本当に小さな赤ん坊だった頃からずっと
繰り返し繰り返し母の店で耳にしていた音楽だった。
意味もなく涙が止まらない
その後も映画はとても暖かいリズムで
人の弱さや優しさやをそれこそ何かの音楽かのように描いていくのだけれど
そこで使われている曲を全て、私の体は先に知っており
初めてみる映画なのに涙がとまらなくなってしまった。
音楽が流れ始めるたびに体が勝手に反応し
内容とは全く関係ないところで
どうしようもないほど暖かくなっては、どうしようもないほど寂しくもなった。
そんな経験は生まれて初めてのことだった。
お前、声だけは良いよな
“ サイコ ”のグラスが空になると、とても良きタイミングで
“ 誰も知らない ” が運ばれてきた。
読書会の男の子は “ カッコーの巣の上で ” を頼み
話題はジャックニコルソンやロボトミー手術の話へと移り変わっていった。
父は結局、役者にはなれず「お前、声だけは良いよな」
という誰かの気まぐれを鵜呑みにし声優に転向。
そしてそのままずっと掃除のバイトをやりながら声優を続け
60を過ぎた今、やっとそれだけで生活できるようになった。
でもそれは決して世間が言うような
夢を叶えるだとか諦めなかっただとかいう立派な話ではなく
本当にそれしかできなかった人間が( 壊滅的に社会性がない)
いたしかたなくそれを続けるしかなかった結果
長い月日をかけてそうなった、というものだった。
秋のキリンジ

ラストオーダーが終わり外に出ると
ハロウィン前日の渋谷はところどころに何かしらの扮装をした人達がウロウロしていた。
駅で別れ、そのまま電車で帰ろうとしたけれど
いろんな思いと、人混みと、まわってきたお酒でクラクラし
結局一駅だけ乗って降りると、外の空気を吸いながら歩いて帰ることにした。
アップルミュージックで検索してみるとバクダットカフェのサウンドトラックが出てきた。
数秒だけ再生してみるもすぐにとめ
キリンジの3というアルバムを流しはじめた。
