個人的体験談

個人ブログを1年8ヶ月やってみて起こったこと

hanao

少しずつあらゆることが変わってきたという話

変えられることと、変えられないこと

そいやっ

人にはきっと誰しも、何をどう頑張っても苦手なものというのがあるけれど

私にとってその一つは・・・SNSだと思っている。

どうしてもあの、色んな情報が一気にテンポよく流れ込んでくるスピード感についていけず

これは歳だからなのか?とわりと最近まで思っていたが

考えてみれば私は、Twitter(現:X)もインスタグラムも全盛期ど真ん中の世代だったわけで

その時ですら無理だったんだから、たぶんもう無理なのだと思う。

( ´ ・ ω ・ ` )ハァ・・・

ただ、それでも何かしら「表現する媒体を使って何かを積み上げてはみたいな・・・」

とは思っていたので、そこで選んだのがブログという選択肢だった。

本当に孤独な無人島生活

沖ノ島公園の流木

そもそもブログという媒体すらもうすでにかなり時代遅れにも関わらず

( もう長い文章を読む人はほとんどいないらしい )

今更、noteではなくワードプレスで始める人なんて

本当に、どこのアウストラロピテクスですか?ってくらい居ないことはわかっていた。

というのも、その2つでは

人から反応がもらえる確率も、収益化のしやすさも

検索した時に上位に表示してもらえるGoogle様からの信頼度も

天と地ほどの差があるからである。

例えるなら渋谷のビルの一室を借りてイタリアンを始めるのと

なんにもない海のど真ん中にある無人島で、原始人がたこ焼き屋を始めるくらい違う。

「うほっほー!(いらっしゃーせぇぇぇええ〜!)」

「うほほほ、うほほほほーー!(たこ焼き一ついかがですかぁぁ〜!)」

と毎日、空に向かって叫んでるようなイメージ・・・

それでもワードプレスを選んだ理由

じゃぁなんでそもそもワードプレスにしたのさ、noteでいいじゃないの。

といったところなのですが、それには一応私なりの考えがあり

noteやアメブロなどの大手のブログ会社さんは

アクセスはいっぱい集まりやすいけれど

もしも何かあって「俺、やっぱ今日からこのブログサービス辞めることにしたわ」

と言われてしまったら何があってもそれに従わなければならないという側面もあるのです。

私はこのブログを始める前から

この先何があったとしても最終的には戻って来れるような場所を作りたい・・・

といった、いわば人生の一つの軸として考えていた部分もあるので

何か大きなものの顔色を伺いながらやるのは

どうしてもどこか心につっかえるものがあったのです。

・・・

ってことはもう・・・原始人やるしかないってこと?

( ´ Д`)ハァ・・・

そんなふうにして始まったのが、このブログでした。

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初日の雄叫び

とはいえ、初日のワードプレスというのは本当に

インターネットの大海原に浮く名もなき無人島に

ソイヤっと空から落とされたかと思ったら「じゃ、あとはお好きにどうぞ^^」

と、いきなり言われるみたいなものなので

( ゚д゚) え・・・お好きにってなに?

状態なわけであって、しばらくは首をひねりながらも

何となく島を歩き回ったり、寝転がって空を見上げてみたりもするのですが

・・・で?

なに?何をどうしたらいいの?

とふと我にかえる瞬間が来るのです。

んでもって、そういえば家とかもなくない・・・?

という最悪な予感が脳をよぎり

え・・・もしかしてそれも自分で作るってこと?

と、ハラハラしながら島中を走り回り

やっとの思いで使えそうな木を見つけてくるも

そこで初めて、木を切る道具すら無かったことに気づくのです。

おうおうおうおうおーーー!

それが初日から1ヶ月くらいまでの出来事でした。

半年間アクセス0

何とかして、ジャイアント白田さんが息吹きかけたら

一気に空へと吹き飛んでしまいそうなくらいの家らしき物体ができあがった頃。

そういえば私の目的は、ここに住む以外にもたこ焼きを売ってみることだった・・・

という本来の目的に気づき、そこで初めてお店に置くための

たこ焼きという名の「記事」を作って公開することになるのです。

初めて公開できた時は、本当に感動しました(* ´ ∀`)ノパァっ

そうか、これからはこんなふうにして一個また一個と増やしていけば

いつかは今とはもう少し違った景色が見えてるかもしれない・・・と。

その時、初めて統計データというものを覗いて見てみたのですが

それはそれは綺麗な、アクセス0の数字が浮かんでいました。

でも、そこに対する焦りは全くありませんでした。

なぜならそもそもがそうゆうものだと思っていたからです。

・・・が、さすがにそれが5ヶ月以上も続くと

「この島、ちゃんと存在してる?」といった

島そのものの存在に対する不安も出てはきたりはしたのですが

それでも何とか、わけわかんないながらもやり続けてはみた結果・・・

半年ほど経ったある日。

ふと寝る前にデータを見てみると

はじめて「1」という見たことない数字が画面に表れたのでした。

おおおお〜

誰かは来たんだ・・・

嬉しいというよりかは、ちゃんと存在はしていたんだという安心に近い感覚でした。

収益化には1年3ヶ月かかった

少しずつ、本当に少しずつ。

一日に1人だったのが2人になり、2人だったのが3人になり

記事の数も10から20、20から30と増えてきた頃。

私を悩ませる、もう一つの大きな壁が立ちはだかりました。

そう。

ブログの収益化です。

なんと普通の人ならブログ開設から3ヶ月〜6ヶ月くらいでうかる所

私は1年経っても合格できず、何とその間に届いた不合格通知の数は

全部で18回(普通は遅くとも3〜5回ではうかるもの)

しかも毎回、Google様はどこがどうダメだったかという

具体的な理由を教えてくれないため

その都度自分で予想を立てながらやっていくしかなく

今自分がやっていることが本当に進んでいるのかわからないような

出口の見えない状況が何ヶ月も続きました。

やっぱり私のやり方では、無理なのかもしれない・・・

一度そう思い始めてしまうと、気持ちは落ちていく一方で

気づくとやる気力そのものもだんだん萎んでいきました。

( 合格してからじゃないと、好きなことが書けない縛りがあったため )

そんな中・・・

全く予想もしていなかった角度から、さらなる追い討ちが降りかかったのです。

実家の母が、脳梗塞で倒れたとのことでした。

何もかもうまくいかない

さすがに母まで倒れてしまうとブログどころではなくなり

毎日バイトが終わると大学病院まで行って手をにぎり

いったい私は何をやっているんだろう・・・

という、とてつもない情けなさに襲われました。

いい歳してバイトしながらブログなんてやって

しかも誰も見てなきゃ、収益化もしていない・・・

そんなでも一番理解してくれていた人が大変な時にすら

大丈夫だよって支えてあげられるだけの経済力もない。

さらには働いていたバイト先も(古本以外もやってる)

もしかしたら春になったら今までとは違う形態になり

辞めてもらう人が出るかもしれないという知らせまで届いてしまい

本当に信じられないくらい何もかもが八方塞がりになりました。

これだけ全てのことが自分ではどうすることもできない範囲のもので囲まれてしまったのは

初めてのことで、ただただ静かに耐え続けるしかありませんでした。

(今年の1月から4月がまさにそんな状況でした)

予期せぬメッセージ

目の前の毎日を、ただこなすだけで精一杯で

ブログなんて全く手につけられなくなって4ヶ月ほど経った頃。

寝ることもできず深夜の本屋に来たはいいものの

特に買いたい本なんて見つからず(そもそも読める気力すらなかった)

そろそろ帰ろうかと思いスマホを開くと

「こんにちは、今年に入ってから更新がなくなってしまい寂しいです」

と、ブログを始めて以来初めて問い合わせフォームから

実際の読者さんからのメッセージが届いていました。

っ・・・

ぇぇ・・・・・・

いたんだ・・・読んでくれてた人・・・・

この時は、さすがに深夜のコンビニの前で震えました。

こんな、どこの誰が何やってんだかもようわからんブログを

それなりに気にかけて、読み続けてくれていた人がいた。

そのことがただただ嬉しく、心の底から温まりました。

しかもきっとブログの問い合わせフォームからメールを送るというのは

SNSでいいねをするよりも、結構勇気のいることだとも思うのです。

少なくとも私だったらそうだから・・・( ´ ;ω ;` )

そう思うと何だかとてもありがたい気持ちでいっぱいになりました。

もう一度、立ち上がる

母の容態は、3ヶ月ほどで最初に聞いていたよりはだいぶ回復し

とりあえずは、自宅で父の力を借りながら生活できるように。

もしかしたら首になるかもしれなかったバイト先も

何とか自分に貢献できることを一生懸命伝え、しがみつくことができた頃。

気づくと、もう一度ブログに向き合えそうな気持ちが生まれ始めていました。

きっとたぶん。

どんな状況であれ、できることは必ずどこかにあって

どれだけ立ち止まったとしてももう一度何かに向き合えそうな時期が来たのなら

まずは、目の前の一つを心を込めてやってみること。

本当にそうゆうものの積み重ねでしか何かを変えることなんてできないんだな・・・

ということを、私はこのブログを通して心の底から実感しました。

収益化に関してはもう最悪、3年、5年とかかったとしても

諦めさえしなければいつかは通るはず、と

それくらいの心持ちでふたたび取り組みはじめてみたところ

1年3ヶ月がすぎた・・・ある日。

おめでとうございます、合格です。

通知を見たのは、炊飯器の米が炊けるのを待っている時でした。

1年8ヶ月、続けてみて思うこと

日本で唯一車のまま入れる石川の海

何もわからないまま、野生のやり方でたこ焼きを売ってみること1年8ヶ月。

今では1日に20人から60人くらいの方が

船に乗ったり、飛行機で上空を飛んだりしながらたまたま何かのきっかけで通りかかり

「何かあんな〜」とチラ見してくれるくらいにはなりました。

(収益はアリンコの涙くらいは一応毎日出るようになりました)

恐らくこれは、ブログをやっている人の中でも相当遅く

そこら辺の骨折したお爺ちゃんでも簡単に抜かせるペースです。

きっと、もっと。

やり方はあるのだと思います。

でも、私には本当にこれしかできないから、これをやってくしかないのです( ´ ・ ω ・ ` )

これからも多分、迷ったり立ち止まったりしながら

どれだけ時間がかかったとしても最後には戻ってきて

何かしらを積み上げていきたいとは思っているので、どうぞよろしくお願いいたします^^

ブログ界のアウストラロピテクス:はなお

書いている人
はなお
はなお
非日常ハンター
こんにちは、非日常ハンターの、はなおと言います。

普段は、古本屋で働いています。

いつもとは、ちょっと違った感覚になれるような「非日常」が大好きで、実体験をもとにこのブログを書いています。

同じような感覚の方と繋がれたら嬉しいです。

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